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大野浩義HOROYOSHI OONO

営業部 [2006年2月入社]

やればやるほど
評価される
もの作りの
世界に魅了されました。

岩見沢の高校を卒業した後は、札幌で営業マンとして就職しましたが、営業という仕事に疑問を感じて、まったく畑違いではありましたが、ある工場に転職しました。そこで出会ったのが溶接という仕事ですが、それが実に面白くて、すぐにもの作りの面白さにはまりました。自分のやったことがそのまま形のあるものとして出来上がり、やればやるほどそれが評価されるという、営業職とはまた違う世界を体験し、この世界でやっていきたいなと強い思いが湧きました。その後数年間溶接工として働きましたが、次第に図面を描くことの必要性を感じ始めました。溶接はただ単に商品を製造する一工程に過ぎませんが、図面を描くということはゼロから製造するものをイメージし、形にしていく重要な工程です。そこに気付いてから、札幌の職業訓練校に通いながら図面を描くことを学びました。ちょうどその頃に道央メタルとの出会いがあり、求人に応募して採用が決まりました。

会社も成長し、
働きやすい環境が
整ってきています。

道央メタルに就職し、初めは溶接工として6年間勤務しました。その後、営業部へ配属になり、お客様との商談を重ね、自ら図面を描き、そして見積りを算出し、お客様の希望する製品を製造し納品まで至るという一連の業務を担当することになりました。実は面接の時に社長からは「なぜ溶接工で応募したのか?」と問われていました。職歴に営業があったからだと思うのですが、その時からいずれは営業を担当して欲しいという会社の要望は感じていました。今考えると、それまでの自分の経験はすべて道央メタルでの業務の為にあったような、集大成ともいえる環境が用意されていました。数々の仕事をこなし現在は技術的にも人間的にも大きく成長した実感があります。なによりも、ものを作る楽しさを追求してここまで到達出来たことには自分自身幸せを感じます。

今だから言えることなのですが、入社当時の道央メタルは鉄工所という言葉のほうが似合う雰囲気で、残業も多かったり、職場環境は今と比べると快適と言えるものではありませんでした。それが時代とともに会社も発展成長し、今ではその頃とは比較にならないほど職場環境も改善され、福利厚生面も充実しています。休みも増えましたし、残業も大幅に減りました。今は会社としての結果が出ている状況なので、間違いなく働きやすい環境ができています。

道央メタルがいつの日か
メーカーと呼ばれる日が
来ることを目指します。

道央メタルは職人気質な会社ではありますが、チャレンジを後押しするポジティブな社風があります。もの作りには創造力が必要で、まずはトライしていくことが大事です。若手の意見にも耳を傾け良い提案は受け入れていく柔軟性も持ち合わせた会社ですので、まずはやってみて、失敗したら先輩がアドバイスを与え改善していくような流れが出来ています。これからもの作りにチャレンジしたいという若手には良い経験の場となるはずですし、会社も年々成長し拡大しています。世の中のニーズを先取りし、いつの日かオリジナルの商品を開発し、メーカーと呼ばれる日が来ることを目指して、今後も努力を重ねていきます。そんな道央メタルの一員として技術と知識に磨きをかけ、成長を目指していきたいという意欲のある若手の応募は大歓迎ですね。

営業部

大野浩義おおの ひろよし

42歳2006年2月入社

岩見沢市出身。岩見沢緑陵高等学校商業科卒業。高校卒業後は札幌の会社に営業職として就職するものの営業職への疑問を感じ、転職。そこで出会った溶接と言う仕事にはまり、もの作りの楽しさを知る。2006年に道央メタルに出会い、会社の可能性を感じて現在に至る。入社から12年が過ぎ、現在はさらなるステップアップを目指し業務を遂行する毎日。休日は趣味の自転車で北海道の大地を駆け巡り、一日の走行距離が200kmに及ぶ時もある。

黒田さんからみた大野さん
もの作りに対する意識が非常に高くて、お客様との会話の中からイメージを作り上げ図面を描き上げ製品にしていくまでの能力は大いに尊敬に値するものがあると感じています。大野さんにしか使えないアプリケーションがあったり、それを社員にレクチャーしたりなど高いスキルを持っている頼れる先輩です。会社の成長の為にも欠かせない方ですし、今後も色々と教わっていきたいです。